不易流行と悠久日本に思う

会員一私の主張・小論
岩手県本部 会員の主張・小論  令和3年7月10日

不易流行と悠久日本に思う

(日本会議初代会長)


日本人の心は此処に・・・
我が国が世界に輝く誇りとは、万世一系の男系126代続く皇統であります。
ではなぜ我が国は126代も皇統が続いてきたのか?
古事記や神話の歴史を辿ることで凡その背景が分るかと思いますが、それは各人にお任せし、ここでは昭和天皇の御心と明治政府の足跡からその背景に思いを致してみます。

 昭和20年8月14日の御前会議の陛下の御発言です。
「朕の一身は如何にあろうとも、これ以上、国民が戦火に斃れることは忍び難い。自分はどうなってもいいから、国民を救ってほしい」
我が国の輝く誇りが続いているのは、この天皇陛下の「無私」の精神であり、「君臣一体の国柄」にあると思います。

翻って日本国旗「日の丸」に関してですが、明治新政府に対し、イギリス(フランスとも言われる) が「日の丸の意匠を500万円(当時の金額)で売却して欲しい」と依頼してきたと言うことです。
財政難で金は幾らあっても足りなかった新政府にとって、提示してきた500万円は喉から手が出る程欲しい金額でした。しかし、その誘惑を「国旗を売り渡す事は、国家を売り渡すこと」として断ったのです。

結果的に、この「売却」話は幻に終わり、「日の丸」は日本の国旗として存続した訳ですが、当時、500万円の誘惑を断ち切って国旗「日の丸」を守った明治の先人に敬意を捧げます。しかも維新に際し、薩長も幕府もイギリス・フランスの支援を受けながらも”決して維新の戦いに参入させずに日本国を護り通しました”
以来、日本は飛躍的成長を遂げて世界第三位とも言われる経済大国になっています。

しかし、今の乱れ様はどうしたのでしょうか。法律に定められていないことは何をしても良いような風潮。或いは、個の利益、少数意見尊重とか弱者の声を振りかざし、人権を守るためなら法律違反などどこ吹く風と、本当の思い遣りや節度を忘れた日本の姿は何としたことか。

本質的には、教育の乱れと憲法の内容にも問題があると思うのですが、例えばGHQのいわれるまま、いわゆる教育勅語を否定していまったが、その内容は人間として大切な事が分かり易く知らしめられた理想的な「日本人の努力目標、目指したい道しるべ」であったと思うのです。
残念ながら今になって多くの方々から反発されるようなので触れませんが、立派な日本人としての国民教育体制の見直しが必要と思うのです。
そして、今の統治機構の揺らぎは現憲法が時代に合わなくなったのがその根本原因、それに尽きるものと思います。

私は、日本が日本であるために、わが国の長い歴史、伝統と文化によって育まれた慣習法として、更に言えば日本人が共有する価値観、つまり成文法よりももっと深い意義と価値を持つ、古くから先人により伝えられた不文律の規範を失わないようにしたいと願うものです。

歴史を失った民族は滅びると言われています。民族が共有する民族的価値観をこそ「不易」として意義づけ、大御心に基づく「君臣一体」たる神州不滅を信じ道義に生きるを掲げたいと思います。
重要なことは日本の国柄、歴史と文化の継承であり、世界規範とかグローバルに左右されるものではないと思うのです。

明治維新に見られる新政府の見事な国難の乗り切りは、日本文化の消滅を招きかねない文明開化一辺倒、いわゆる「西洋かぶれ」「自由、人権」と称する熱病に日本文化を失わずに済んだことでした。

翻って、今や予想される大震災始め、国家危機を増す国際情勢など時代の変化に憲法が追いつかず、国家統治機構さえ損なわれる国難に見舞われています。
しかも、問題題解決を図るべく法律の根拠を成すための憲法改正は国会が機能を果たさず、国民の思いや主権が行使出来ない状況が続いております。

だからこそ、日本が日本であるために護るべきこと、変えるべきこと、その「不易流行」の正しく的確な判断により、悠久日本を護り抜くことが現世我々の使命ではないかと思えてならないのです。

”今のままでは、日本は危ない”と多くの人が思っていることを強く肝に銘ずべきであります。

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